あぁ、それはあたしの思い込みかもしれない。

 それでも、『初めて』にあたしの胸は高鳴った。

 それだけでいいかしら?









空と日常の狭間を流れる時間











 そっと、音を立てないように階段を上る。とき度後ろを振り向いて人がいないことを確認しながら。
 扉の前まできて、あたしはぎゅっと目を瞑る。多少の戸惑いを持ちながらも、あたしはゆっくりと非行への扉を開いた。
 目を開けた瞬間、視界は光に包まれる。真っ白で何も見えやしない。
 それは別にその先にファンタジックな世界が広がっているとかそういうわけじゃない。暗いところから明るいところにいくと目が慣れてないからとかいうやつ。扉を開けたらそこは不思議の国でしたなんてことはありえなくて、慣れてきた目に映るのはコンクリートに鉄の柵、青い青い空。それでもあたしは不思議の国に近いような魅力を感じた。それはそこがあたしが一度も踏み入れたことのない、いわば未知の世界だから。その未知の世界にあたしは今踏み入ろうとしている。
 けど、まずいだろうか。やっぱ内申とかにひびくだろうな。なーんて、思ったりもするわけで。今更引き返すこともできないことはわかっている。今戻って先生に言う言い訳も思いつかない。見つかったらその時はその時だ。
 えぇい、突入だ。
 あたしは思い切って足を踏み入れた。横から吹いた風が制服のスカートを揺らす。
 あぁ、ついにやってしまった。
 ひと時その悦楽に浸り目を閉じたが、扉を閉めていないことに気づきあわててつつも静かに閉める。扉を閉めると少しだけ気持ちが落ち着く。数歩歩いて全体を見渡すと、見慣れた都会の風景が広がっていた。
 普段自分が暮らしている世界をこうして見渡すのはなんだかおかしい気がする。都会の人並みにもまれながら忙しく日常を行く人々が豆のようにこの目に映る。
 ちっぽけだ。みんな、みんな、つまらない。
 あたしは、鉄の柵に寄りかかる形で座る。
 そんなあたしもつまらない。
 何が面白いかって、それはきっと今此処で何かとんでもなく普通の枠から外れたことをすること。たとえば、そこから都会の海へとダイブする、とか。
 それは一瞬の事なんだろうか。それとも、スローモーションのような長さでゆっくりと、自分をこうなるまでに追い詰めた奴らを思い出し、嘲笑いながら灰色の海へと真っ赤な血の花を咲かせるのだろうか。
 まあ実際、あたしにそんな度胸はありませんけど。

「あ、

 急に耳に飛び込んできた声にあたしはビクンと肩を揺らした。声のほうを見上げると、背の高い、なんだか優しそうな顔をした人が立っていた。思考に浸っていたせいか、人が入ってきたことにまったく気づかなかったみたいだ。

「え、あ、えーと…どちら様ですか?」

 あたしは瞬きを繰り返す。目の前にいる人間に軽く頭がパニックを起こしはじめたのだ。
 どうしよう、見つかっちゃった。けど実際もう授業も始まっているだろうし、此処に来るってことは仲間だろうか。でも、こんな優等生っぽい人が?

「同じクラスの渋沢克朗」
「え、同じクラス?」

 まだ入学して1週間しか経っていないし、それにあたしは外部受験だからクラスの人の顔と名前なんて全然覚えていない。実際覚えようとしていないけど。

「同じクラスの渋沢君…。で、何?早速授業をサボる悪い子を連れ戻して自分の地位を上げようって?」

 これは最大限の反抗。あたしにできる精一杯の。

「いや、そんな気はなかったんだがな」

 渋沢は苦笑いを浮かべた。
 なんだかこの人には一番似合う表情なんじゃないかと思った。

「なぁに、じゃあ君もサボり?」
「まぁ、そんなところかな」

 見えないな。本当に人は見かけによらないものだ。

「ま、突っ立ってないで座りなよ渋沢君」

 あたしは右手で温かいコンクリートをぺちぺちと叩いた。ああ、と一言言ってあたしの横に少し隙間を開けて座る。
 今時いないタイプだ。
 古い人。けど、やっぱこの時代に生きているのがあっている。
 昨日家庭科の授業でならったハウスハズバンドと言う言葉が頭に浮かんだ。
 この人はいいハウスハズバンドになれるだろうよ。


「はいっ」

 しまった、また思考に浸っていた。
 驚いて声を裏返していると、渋沢は笑っていた。なんだか恥ずかしくなってあたしは俯いた。

「ごめん、あたし思考に浸る癖があって。ねぇ、いつまで笑ってんの」

 そんなに笑わなくったっていいじゃないか。失礼なやつめ。

「あぁ、すまんな。久しぶりに笑ったもんだから歯止めが利かなくなった」

さっきとは違う純粋な笑顔。これはこれで輝いている。

「で、何?」
「あぁ、そうだった。は何でこんなところに?」

笑いは収まったのか、しかしまだ笑い混じりに渋沢は聞いてきた。

「なんでって、あたしもサボりだよ?」
「いや、そうじゃなくて。そのサボりの理由」

理由。
理由、ねぇ。

「嫌、なんだよきっと」
「何が?」

 渋沢が穏やかな表情で尋ねる。その表情についつい口が滑らかになってしまいそうだ。

「あの、空気。新しい友達を、可愛い友達を、よさそうな人とグループをっていう。あたし、ああいうの耐えられない。正直言って気持ち悪い」

 あたしは、空を見上げながらフィルターのかかっていない自分の気持ちを滑らせた。無言でいる渋沢の表情を恐る恐る伺ったが、そこにはさっきと変わらない穏やかな顔。

「女の子の友情づくりも大変なものでしょ。あたしはあんなふうに自分を取り繕ってまでして作る居場所なんていらない」
「そうだな」
「渋沢君は?」

 あたしも渋沢に聞き返す。だって、こんな人に好かれそうな優等生君がサボりなんて可笑しい。

「あぁ、少し疲れてしまってな」

 そう、短く答えた。あまり詮索はしないけれど、きっとこの人も苦労人なんだろうなと勝手に解釈する。

「お互い大…「何やってるんだ!」

 大変だね、と言おうとしたら急に怒鳴り声。あたしはそれに反応して身を縮めた。
 やばい、みつかった。
 と、思ったが、次の言葉はなかなか来ない。周りを見渡すが、渋沢とあたし以外誰もいない。

「これは預かっておく!」

 再びガラガラの怒鳴り声が聞こえた。どうやら、窓の開いている下の教室から聞こえた教師の声らしい。たぶん、授業中にメールでもしていて見つかったのだろう。それを確認すると、ほっと息をついた。隣を見ると、渋沢も同じように息をついていた。
 ふと、目が合う。

「渋沢君、今びっくりしてたでしょ?」
もだろ」

 そう言うと、二人で笑い出した。するとまた下から怒鳴り声が聞こえて、驚いて、笑って。
 なんか、いいな。

「実は俺こういうことするの初めてなんだ」

 笑いを含んで渋沢は言った。

「実を言うと、あたしもなんですよこれが」

 あたしは渋沢の方をベシベシと叩いた。

「はじめ常習犯かと思ったが、その様子だとそうらしいな」
「なによ、常習犯て!あたしがそんな悪い子に見える?」
「少なくとも普通の子には見えないな」
「普通じゃなくて悪かったわね」

 それからあたしたちは他愛のない話で笑って。時には真剣に自分の気持ちを打ち明けた。
 この青々とした空の下で、日常を生きる人間たちの上で、あたしたちは違う時間を過ごした。
 気がつくと二人の隙間はなくなっていて、二人は互いを名前で呼んでいた。
 あたしの中で、何かが変わっていく。それが何かなんて、考えもしなかったけど。
















 響く、終わりの音。
 夢から覚める音。

「授業終わったね」
「終わったな」

 学校全体が動き始める。ざわざわと生徒たちが騒ぎ立てる。彼らの憂鬱な50分間が終わりを告げ、あたしたちの異常な50分間も終わりを告げる。

「じゃ、戻ろっか」

 そう言って、あたしは立ち上がろうとした。しかし次の瞬間にはあたしの視界にコンクリートはなくて、心地よい温かさがあたしを包みこむ。あたしが立ち上がろうとしたときに克朗が腕を引っ張って、そのままあたしが克朗に倒れこんだのだ。
 あたしの唇と克朗の唇が触れる。
 柔らかい、優しい、キス。
 鼓動が高鳴る。
 ゆっくりと唇が離れると、そこには克朗の優しい笑顔。けど、さっきとは違って少しだけ頬を赤く染めている。

「あたし、こういうことも初めてなんだけど」

 きっと、あたしの頬も赤くなっている。

「実は、俺も初めてだ」

 そう言って、もう一度あたしを抱きしめた。
 あぁ、なんだろう。これをその言葉で表してもいいのだろうか。
 でも、あたしはこの言葉しか知らないから。

「好きよ」



















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400HITキリリク夢。
瑠依様に捧げます。
そして初の渋沢夢でございます。
まだまだ未熟者ですのでお気に召されないかもしれませんが、
ここまで読んでくださってありがとうございます。
設定としては、高校生設定です。
最近とことん屋上ものが多い気がします。
憧れの場所なんです、屋上。
では、400HITありがとうございました!


06.09.15




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